写真と言葉森山 大道

Works and Words by DAIDO MORIYAMA

優れた写真家というだけでなく優れた文章家であり語り手でもある森山大道氏。
このページは黒と白カレーのパッケージになったもとの写真と、印刷媒体を通じてこれまでに発表された森山氏の文章や言葉の一部を抜粋して再構成したものです。

それ以降の十年間に、僕は四冊の写真集と、十回の個展と、無数の旅行と、四度の転居と、多くの友人と、一つの病気と、一人の子供と、そして母の死を持った。しかし、持つことよりも失うもののほうが圧倒的に多い歳月であった。時代にも、そしてそこに生きる僕にも仮借のない時間が過ぎつつあった。輪郭のぼやけた生ぬるい風景が、十年ものあいだ僕の眼前に映りつづけていた。
時代を明確に想定しえない精神は、ひたすら壊死に向かいはじめていた。相変わらず、出口が見つからないのではなく、入口が見つからなかった。そうしてある日、気がついたら、身のまわりには、たたずんでいる僕と、ほこりをかぶった一台のカメラと、そして太陽だけが残っていた。ある晴れた日、ふとそれだけを認識したとき、僕のなかにひとつの臨界点がおとずれた。そして、僕はもう何も考えずにカメラを持ち、光の中に立ち戻った。僕の目の下には僕の影が在った。これだけで上等だった。僕は、その地点からふたたび歩きはじめた。

出典:フォト・エッセイ集『犬の記憶』朝日新聞社(1984/3/1)p.236
初出:同

Text and Photo by DAIDO MORIYAMA
©DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION

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