写真と言葉森山 大道
Works and Words by DAIDO MORIYAMA
優れた写真家というだけでなく優れた文章家であり語り手でもある森山大道氏。
このページは黒と白カレーのパッケージになったもとの写真と、印刷媒体を通じてこれまでに発表された森山氏の文章や言葉の一部を抜粋して再構成したものです。
1971年の正月明けのころ、ぼくは青森県の米軍基地の町三沢市内で一匹の野良犬の写真を撮った。朝、カメラを手に撮影に出ようと宿泊先のホテルの玄関を一歩踏み出したすぐ目の先に、その野良犬は陽を浴びてウロッと歩いていた。ぼくはとっさに、野良公にレンズを向けて二、三枚シャッターを切り、後日、当時連載をしていた写真雑誌の見開きページいっぱいに、光のさなかに一瞬佇むその姿を印刷した。
暗室で野良公のイメージを大きく引き伸ばしたとき、ぼくの背筋に電流が走った。とっさの撮影でディテールを見逃していたわけだが、その目付きから全身に至るまで、野良犬の、内奥にひそめた敵意と相対する哀感が、あたかも見るものに挑発を送ってくるごとき気配で伝わってきたからだ。暗室の赤い灯りのもとで、ぼくはしばし呆然としていた。
出典:フォト・エッセイ集『通過者の視線』月曜社(2014/10/19)p186, 187
初出:朝日新聞 2009年4月30日夕刊 “私の収穫―野良犬”
Text and Photo by DAIDO MORIYAMA
©DAIDO MORIYAMA PHOTO FOUNDATION